新しさと懐かしさが
ちょうどいい街「麻布」

麻布には、おしゃれな街並みの中にも古き時代のなごりも感じられる場所がたくさんあります。数百年続く名店から、歴史ある神社仏閣、有名な坂道など魅力がぎっしり詰まっています。麻布の達人なら知っておきたい、1度は訪れておきたいスポットを一部ご紹介します。

  • 有栖川宮記念公園
    有栖川宮記念
    公園

    有栖川宮記念公園

    有栖川宮記念公園

    広尾駅近くにある緑豊かな公園です。季節により桜や紅葉などの景色が楽しめます。陸奥盛岡藩南部家下屋敷、有栖川宮家の御料地を経て、昭和9(1934)年に開園しました。起伏に富んだ地形には、日本庭園の流れをくんだランドスケープが施され、園内高台には、約192万冊の蔵書を誇る都立中央図書館があります。
    公園名は、戊辰戦争時に新政府の総裁であった東征大総督有栖川熾仁親王にちなんでおり、園内の熾仁親王銅像は麻布ゆかりのイタリア人彫刻家ラグーザ教授より直接指導を受けた、大熊氏広の代表作のひとつです。


  • きみちゃん像
    きみちゃん像

    きみちゃん像

    きみちゃん像

    野口雨情の童謡「赤い靴」のモデルになったといわれている岩崎きみは、「異人さんに連れられて」海を渡ることなく、明治末、鳥居坂教会の孤児院で、結核のため9歳で亡くなりました。
    「赤い靴」をモチーフとする像は、横浜をはじめいくつか作られており、岩崎きみの最期を看取った孤児院が麻布の鳥居坂教会(跡地は現在の十番稲荷神社)にあったことから、麻布十番商店街によって、平成元(1989)年2月28日パティオ十番に「きみちゃん像」(佐々木至 作)が建てられました。


  • EUハウス
    EUハウス

    EUハウス

    EUハウス

    麻布地区には多くの大使館が立地しています。最近、新たに立地したEU(欧州連合)代表部は通称EUハウスと呼ばれており、オープンデーや一般参加のできる催しが開催されるなど、地域との交流も盛んです。オフィス棟と大使公邸及び職員住居棟が立地しており、通りに面した住居棟のファサードは、各国・個人の個性を尊重するEUの理念を表現するかのように、バルコニーや窓の位置がまちまちになっています。また、屋根は銅板葺で、時間の経過とともに、南麻布一帯の豊かな緑となじむ設計です。


  • 毛利庭園
    毛利庭園

    毛利庭園

    毛利庭園

    六本木ヒルズ内にある庭園です。平成15(2003)年六本木ヒルズのオープンとともに誕生しました。ランドスケープは池を中心としており、もともとこの地にあった桜や榎、いちょうを移植するなど、土地の記憶をとどめています。名前は江戸時代、長門府中藩毛利家の上屋敷が置かれたことにちなんでいます。戦後の一時期はニッカウィスキーのボトリング工場であったことから、再開発前にあった池は、通称ニッカ池と呼ばれていました。
    一帯は、乃木希典生誕の地であり、赤穂浪士のうち、10名がお預けになった藩邸として東京都文化財指定(旧跡)を受けています。


  • 麻布十番稲荷神社
    麻布十番稲荷
    神社

    麻布十番稲荷神社

    麻布十番稲荷神社

    宝船の御朱印が授与される、港七福神の一か所です。がま池の伝説につながる蛙の碑、戦前麻布十番にあった網代橋欄干柱石、エノケン(麻布十番出身)奉納鳥居や音丸(麻布十番出身)奉納銅製狛犬があり、区内で唯一酉の市が行われています。
    麻布十番大通りにあった末広神社と麻布図書館にあった竹長稲荷神社が昭和20(1945)年の空襲で焼失したことにより、戦災復興土地区画整理事業で現在地に遷移、合祀されました。火事よけの御札「上の字様」は末広神社から、宝船は竹長稲荷神社に由来します。


  • 麻布氷川神社
    麻布氷川神社

    麻布氷川神社

    麻布氷川神社

    毘沙門天の御朱印が授与される、港七福神の一か所です。麻布地区の総鎮守様として古くから信仰されてきました。武蔵一宮大宮氷川神社の末社で、境内には本殿と江戸時代のものである神楽殿、神輿倉があります。9月の例祭には、各町から神輿が集まり、神輿倉に納められている千貫神輿と呼ばれる大きな神輿が公開されます。
    また、1990年代の少女漫画を代表するアニメ「セーラームーン」の中で、火野レイ(セーラーマーズ)が巫女を務める火川神社のモデルになったといわれています。


  • 長谷寺
    長谷寺

    長谷寺

    長谷寺

    曹洞宗永平寺東京別院。修行の場である僧堂を持つ禅寺で、国内最大級の木造十一面観音像が伝わります。
    徳川家康関東入府頃、奈良と鎌倉の長谷観音と同じ木片で作られたとされる観音像をまつる観音堂を中心に開山しました。江戸時代は、この観音像と青山長者にまつわる夜叉神像で多くの参詣客を集めました。正徳6(1716)年に建立された麻布大観音は戦災で焼失しましたが、昭和52(1977)年、大内青圃によって高さ三丈三尺(約10m)樟一木彫木造の十一面観世音菩薩像が再刻されました。墓所には榎本健一、坂本九、井上馨、黒田清輝など著名人の墓が多く残ります。


  • 国立新美術館
    国立新美術館

    国立新美術館

    国立新美術館

    広く展覧の場をとの声に応えて設立された、国立の美術館です。コレクションを持っておらず、美術館独自の企画展や共催展、美術団体の展覧会が開催されています。この地は江戸時代は伊予宇和島藩伊達家上屋敷、明治から昭和戦前は陸軍歩兵第三聯隊の駐屯地で、昭和12(1937)年に起こったクーデター未遂事件、2.26事件の舞台です。連合軍に接収後、陸軍時代と同じ建物を使用し東京大学の研究所となりました。現在の建物は、黒川記章が設計し、平成19(2007)年1月に開館しました。別館では、陸軍時代のファサードを一部みることができます。


  • 政策研究大学院大学
    政策研究大学院
    大学

    政策研究大学院大学

    政策研究大学院大学

    政策研究を行う国立の大学院です。平成17(2005)年に六本木に移転してきました。世界中から、将来、公共部門での指導者を目指す学生たちが集まってきます。オープンセミナーやフォーラムには学生でなくても参加することができます。高層棟と低層棟からなるキャンパスは、フランスにある建築物ポンピドゥ-・センターを設計したリチャード・ロジャースによるもので、機能主義的なデザインを見せています。構内のホールは、伊予宇和島伊達家にあった御殿にちなみ想海樓と名付けられています。


  • 国際文化会館
    国際文化会館

    国際文化会館

    国際文化会館

    鳥居坂にある国際文化会館は、国際交流事業の推進を目的に設立されました。会員制の会議室と宿泊施設、会員以外でも利用できるレストランとティーラウンジがあります。江戸時代は多度津藩京極家上屋敷で、井上馨邸、久邇宮邸、赤星鉄馬邸、岩崎小弥太邸を経て、戦後国有地になった敷地に国際文化会館が払い下げを受けました。建物の旧館は昭和30(1955)年に、昭和の設計界巨匠前川國男、坂倉準三、吉村順三が共同、新館は昭和51(1976)年に前川國男が設計したもので登録有形文化財になっています。七代目小川治兵衛作庭の岩崎家庭園と対応する配置や造形が工夫されています。


  • 外交資料館
    外交資料館

    外交資料館

    外交資料館

    外交史料館は、日本の外交史上、歴史的価値のある記録文書を保存管理するとともに、外交史料の編さんを行う外務省の施設で、外務省飯倉公館に併設されています。所蔵する特定歴史公文書は、「戦前期外務省記録」を中心とする幕末から第二次世界大戦終結までの記録と、歴史的価値があるとして受け入れた戦後期の外交記録文書があります。閉架式で、月曜日~金曜日の午前10時~午後5時30分まで開館しています。建物は昭和46(1971)年に竣工した吉田五十八設計です。一般の方には、国書、親書を展示し企画展も開催される、別館展示室がお勧めです。


  • 日本経緯度原点
    日本経緯度原点

    日本経緯度原点

    日本経緯度原点

    東経139度44分28秒8869、北緯35度39分29秒1572、日本国内の測量の基準点です。明治25(1892)年、当時この場所にあった東京天文台観測台子午環の中心に定められました。天文台は大正14(1924)年に観測環境悪化のため三鷹に移転。その後、昭和35(1960)年までは東京大学天文学教室がおかれていました。基準点であった子午環は、関東大地震で崩壊。昭和36(1961)年にいたり金属標で日本経緯度原点を再現しました。なお、この原点標は平成23(2011)年3月11日の東北地方太平洋沖地震によって真東に約27cm移動したため、測量により原点数値が変更されました。


  • 麻布十番商店街
    麻布十番商店街

    麻布十番商店街

    麻布十番商店街

    山の手にありながら、下町風情あふれる商店街です。夏の終わりに開催される麻布十番納涼まつりは、40年の歴史があるイベントです。江戸時代、高台にある武家屋敷や寺社によって発展した町で、戦前戦後にかけては、映画館や料亭がありました。蕎麦や呉服、和菓子の老舗があることでも知られています。来街者のため、電線の地下埋設、ブロック舗装にいち早く取り組んでおり、街に点在するモニュメントは、近隣12カ国の大使館から贈られたものです。


  • 光林寺
    光林寺

    光林寺

    光林寺

    光林寺は延宝6(1678)年に麻布市兵衛町に建立され、元禄7(1694)年に現在地に移転しました。
    境内の墓所には、日米修好通商条約締結の交渉などで活躍したオランダ人ヒュースケンのお墓があります。ヒュースケンは、当時のアメリカ公使であったハリスの通訳を務めていましたが、万延元(1861)年に尊王攘夷派の浪士よって暗殺されました。当時の江戸城下は土葬ができず、やや外れにある光林寺が墓所となりました。日本風の墓石には十字架が刻まれており、区の史跡に指定されています。


  • 善福寺
    善福寺

    善福寺

    善福寺

    空海によって開山され、鎌倉時代に親鸞に感銘した和尚によって浄土真宗のお寺となりました。元寇に際して、時の亀山天皇の勅願寺となったため、勅使門を持ちます。麻布十番は善福寺の門前町でした。幕末、最初のアメリカ公使館が置かれ、タウンゼント・ハリスが着任しています。柳の井戸、国の天然記念物で都内で一番の巨木の逆さイチョウ、福沢諭吉墓所、越地吹雪の碑があります。初代アメリカ公使館があったことから都旧跡に指定され、境内には日米友好の印となっているハリスの碑が残されています。